荒川光のブログ

炎上しない程度の過激発言! を目指しているのですが、出来上がった文章を読んでみるといたって正常で健康的です。ホッとするやらガッカリするやら複雑な心境です。

スターバックスさん、コーヒーのサイズ表記は「大」「中」「小」でお願いします

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某コンビニエンスストアで販売している挽きたてコーヒーが好きで時々飲みます。

ただいつも戸惑ってしまうのが、コーヒーカップを機械にセットしてから“L”または“R”のボタンを押すときです。どっちがどっちだったっけ? となってしまうのです。

“L”は左で“R”は右だったかなとか、ライトは軽いってことだよなとか、一瞬頭の中を英単語が駆け巡ります。

 

私のような、多少英語に触れる機会もある40代の人間でさえ結構まごつくのですから、もっと年配の方々だと機械の操作方法が分からず、このおいしいコーヒーを飲むことを断念してしまうこともあるのではないでしょうか?

 

この記事を読んでくださっているあなたならきっとご存知のことと思いますが、“L”および“R”が何の略かといいますと、それぞれ「レギュラー」「ラージ」なのです。

 

分かりやすく「大」と「小」にしてもらえないものでしょうかね。

ちなみにレギュラーというのは「標準の」という意味で、その店がこれが標準だと決めたサイズをレギュラーと呼んでいるわけです。

ですので大小2種類のカップを、A店は小をレギュラー、大をラージと呼んでもいいですし、B店は大をレギュラー、小をスモールと呼ぶことがあってもいいと思います。しかし私の知る限りだと一番大きいサイズをレギュラーと呼んでいる店はありませんが。

 

「大」「小」という呼び方はコーヒーとは親和性が低いのでしょう。トイレみたいですしね。

 

他店のサイズ表記を見てみますと、S、M、Lというのはよく見かけます。私にはこれが一番しっくりきます。大、中、小ってことですね。

 

スターバックスなどでは「ショート」「トール」「グランデ」なんて呼び方をしていて笑ってしまいます。コーヒーの味や香りで差別化するのが難しいものだからカップの呼称で自己主張しようとしているのでしょうか?

自社が世界を制覇するくらいの成功をおさめたら、このサイズ表記が世界標準になるとでも思っているのでしょうかね。

 

自分の店の商品にどんな名前を付けるかは自由でいいと思います。でも大きさや分量などの情報は、客に誤解を与えることのないように慣例に従うのがマナーではないでしょうか? 

あえて保守を選ぶ勇気を持ってもらいたいものです。葬儀にきらびやかな装いで参列するのが勇気ではないのです。

自分に自信のない人に限って「右へならえ」することが陳腐だとか平凡だとか没個性だとか考えてしまいがちなのです。

スターバックスさんには「もっと自信を持って、堂々と平凡たれ!」と言いたいです。

 

ステーキ店などのメニューを見ると、肉の重さをグラムの単位で表示してあることが多いですが、これがオンスだとかポンドだとか斤(キン)だとか私たちに馴染みの薄い単位で表示されていたらどうでしょうか?

それが洒落ているとか斬新だなどという前に、私などはただ単に不親切だと感じてしまいます。

独創性は他のところで発揮してくれと言いたい。料理の味で勝負してくれと言いたい。前衛芸術家気取りですか? こっちはどれくらいの重さがあるのかを知りたいだけなのに、なぜなぞなぞ遊びに付き合わなければならないのか? 

誰にでも分かる単位で、客観的な数字を示してくれればそれでいいのです。

 

別の例で言えば、ある店が店舗の設計をするにあたって、ユニークさを追求するあまり何十段もの階段を登って行かなければ店内に入れないような建築物を作ったとしたらどうでしょうか?

「登ってこれる人だけが来ればいい」のでしょうか? 「車椅子の人は来てくれなくていい、いやむしろ来ないでもらいたい」のでしょうか?

 

それなら「ショート」「トール」「グランデ」みたいな何の記号か分からないような名称を付けるのはどうなのでしょう?

「分かる人だけが来ればいい」のでしょうか? 理解できない年寄りや方言をしゃべる田舎者を来させないための「ふるい」でしょうか? それともこのコーヒーショップが誕生した土地では、液体の入った容器のサイズをこれらの名前で分類するのが一般的なのでしょうか? もしそうだったとしても、だからと言ってこの日本でその表記をそのまま使う必要はないのです。何でもアメリカ式にやるというのであれば、店員も英語で接客すればいいではないですか。

 

バリアフリーというときのバリアとは物理的なものだけを指すのではありません。「グランデ」なんて言うのはバリアなのですよ!

 

などとちょっと鼻息荒くまくしたててしまいましたが、面白いように誇張して言ってみただけで実際のところ本気で反感を持っているわけではありません。別にどっちでもいいくらいのものです。取り立てて問題にすべきほどのことでもありません。

 

店ごとに独自のルールを作ることはよくあることです。ドレスコードのある店もありますし、高級なフランス料理の店なんかだと、私は行ったことがないので分かりませんが恐らくいろんな有形無形のしきたりがあることでしょう。

ただ余りにも独善的に過ぎたりお高くとまって排他的だったりすると客の直感で分かるものです。いえ、何も私が排斥されているなどと被害妄想にかられているわけではありませんよ。もっとも歓迎されているとも思いませんけれど。

 

自分で勝手に名前を付けて、他者もそのルールに従わせようというところが生意気、傲慢、偉そうと感じてしまうのです。「そんなお前ルールには従わねぇよ」と反発したくなるのです。性格が少しばかりひねくれていますのでね。

 

これと似たような感情を抱くことは他にもあります。

例えば自動車のカタログに記載されているボディカラーの表記です。

トヨタプリウスの2017年11月発行のカタログを見てみましょう(注・あくまで有名メーカーのよく売れている車だから例として挙げただけで何ら悪意はありません)。

 

「ホワイトパールクリスタルシャイン」「アティチュードブラックマイカ」「エモーショナルレッド」「サーモテクトライムグリーン」

 

何なんでしょうこれ? 難難でしょう?

「白」「黒」「赤」「緑」ではダメなんでしょうか? ダメなんでしょうね、きっと。

 

「ウチの白は他の白とは違う!」という自負がこんな暴力的なキラキラネームを生み出したのです。何で暴力的かって? 目の悪いおばあさんや滑舌の悪いおじいさんは、ディーラーの営業マンとカタログを見ながら商談していて、車の色の名前をスラスラ言えないからです。

営業マンはスラスラ言える。客は言えない。

この商談でどちらが有利かはあきらかです。スラスラ言えない自分を相手よりも劣位に感じてしまうことは想像に難くない。たかが色の名前ですよ。しかも自分で勝手に作った色の名前。

 

話はコーヒーに戻りますが、英語やフランス語やイタリア語の表記がお洒落だなどと私たちは思いがちです。でも欧米人がさほど意味のない漢字のイレズミを身体に彫ったり、まったく意味不明な日本語の文言が書かれているTシャツを着ていたりすることからも分かる通り、異国趣味というのは洋の東西を問わずあるものです。

ですのでアメリカで「大」「中」「小」という表記を採用すれば大いにウケる可能性もあると思います。

特に「中」という文字はシンメトリカルかつシンプルで美しい。そして何より「中華」というアジアを想起させる文字だけに大人気となり、皆がこぞって「中」という字を書き散らす事態となるかもしれませんね。

私もアラビア語やタイ語、ヒンディー語なんかで何か書ければいいなと思うことがあります。意味も発音も書き順もまったく分からないことも手伝ってか、とても美しい文字に見えるのです。

 

それではそろそろこの辺でこの記事を終わりにしたいと思います。

変な劣等感や被害者意識の強い人間は、スターバックスやトヨタに代表される社会的強者をこんなふうに攻撃しがちだということが書いていて分かりました。今日の収穫です。

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