荒川光のブログ

炎上しない程度の過激発言! を目指しているのですが、出来上がった文章を読んでみるといたって正常で健康的です。ホッとするやらガッカリするやら複雑な心境です。

銀行のATMの音声案内がせっかち過ぎる

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銀行のATMで、振り込みなどのちょっと込み入った手続きをするとき、操作に時間がかかり過ぎて音声案内に急かされやしないかといつもドキドキします。

そして機械に急かされるという屈辱に耐えられない私は、つい慌てながら作業するのが常なのです。

 

通帳やカード、振込先の詳細が書かれたメモなど、手続きに必要なもの一式をあらかじめ準備してから機械との闘いに挑むのですが、それでも敗北を喫することがしばしばです。

 

銀行のATM以外にも、機械との闘いの場は近年急速に拡大してきています。スーパーの機械式レジや、セルフ式のガソリンスタンドなどなど。

 

それにしても思うのですが、機械の音声による「急かし」がちょっと早すぎやしないでしょうか?

 

私のように認知機能の衰えもまだ顕著ではなく、指先の動きもピアニストには及ばないものの、パソコンのキーボードくらいは打てるという人間が、準備万端で挑んでも急かされてしまうのです。

これがお歳を召した方や、その機械と初めて対話するという方だったなら、なおのこと勝ち目はありますまい。

 

振込先を入力しようと、あいうえお順に最初の一文字を探している間にもう急かしてくるのです。「振込先を入力してください」と。

今まさにその操作をしようとしているときに急かされたらどんな気分になりますか?

「別に何とも思わないよ」という方もいらっしゃるのでしょうか?

 

私などはその「急かし」に我慢できず、一度「うるせえ」と機械に向かって怒鳴りそうになってヒヤッとしたことがあります。

すんでのところで声は出さなかったので助かりましたが、自分で自分の感情に驚きました。

 

「オレ相当疲れてんのかな」

「何イライラしてんだよ、みっともねえ」

「大人になれよ」

自分を責める言葉の数々が頭の中を駆け巡り、体がカーッと熱くなりました。

 

でも私にも多少の言い分はあるんです。

いちいちうるさいんですよ、機械が。そしてせっかち過ぎるんです。

 

もし相手が機械ではなく人間で、例えば銀行の窓口にいる銀行員が、このせっかちな機械と同じ対応をしてきたならどう思いますか?

お金を財布から出して、カウンターの上のトレーに今まさに置こうとしている矢先に「お金を置いてください」と言われたなら。

「今置くよ、うるせえな」とならないでしょうか? 実際には口に出さないにしても。

 

しかし人間の銀行員はこんな対応は決してしません。客がお金を置こうとしていることは見れば分かるからです。

 

つまり私が言いたいのは、機械にも将来的には人間の銀行員のような対応を目指してほしいということです。

客が今何をしようとしているのかを見抜けと言いたいのです。そんなこともできないのならいっぱしの口を利くなと。人間様の言葉をしゃべるなと。

 

 

 

ところが先日ある事件が勃発して私は考えさせられました。それはあるコンビニエンスストアで起きたのです。

 

私はいつものように自分の愛飲している500円くらいの赤ワインとその他何点かの商品を、買物カゴに入れてレジに持っていきました。

若い男の店員が、商品のバーコードを順番に読み込んでいきます。

そして次はいよいよ赤ワインのバーコードが読まれる番なのです。

私は右手の人差し指を、タッチパネルにタッチするために構えました。タッチパネルに20歳以上かどうかを問う画面が表示されることを知っているからです。今までに100万回もタッチしてきた画面です。

 

私は店員に「画面タッチをお願いします」と急かされるのが嫌なのです。それに店員も客にお願いをするのは面倒くさいだろう、私から率先して画面タッチすれば清算はスムーズに進むだろうという、私なりの気遣いもあるのです。

 

客の中には画面タッチを拒み、「20歳以上かどうか見れば分かるだろう、オレが子供に見えるか?」と店員に盾突いたりする偏屈者もいるのです。

 

私は違います。

法律を遵守し、礼儀をわきまえ、店員への敬意を持った客として、爽やかな画面タッチをすることを旨としているのです。

 

私は黄金の人差し指を、わざと店員の目に見える位置で立てました。

画面は「私に触れて」とささやきました。

その時です、店員が言い放ったのは。

 

「画面タッチをお願いします」

 

 

 

家に帰って赤ワインを飲みながら私は考えました。

店員にとっては、客の行動を見て画面タッチをお願いするかどうか判断することの方がよほど面倒くさいことなのだろうと。

どんな客に対しても、どんな状況に際しても「画面タッチをお願いします」と機械的に言う方が楽なのだろうと。

 

「楽をする」というと悪い言い方に聞こえてしまうかもしれませんが、つまり「仕事を効率化させる」ということに彼は成功していたのです。

蟻の行列のように毎日やって来る客に対して、最小の労力で業務を遂行するためには機械的に作業をこなすということが一つの答えに違いありません。

 

結局、機械は人間を目指し、人間は機械を目指しているということでしょうか?

 

こうなったからには、私も「機械の客」になることを少し考えてみた方が良いのかもしれませんね。

銀行で振込みをするロボット。コンビニで買い物をするロボット。

ロボットならストレスを感じることもありません。

 

でもそれならば、自分の「人間」や「人間性」を存分に発揮できる場はどこなのでしょう? その機会はいつなのでしょう?

 

その答えはちょっと恥ずかしくて言えませんが、私の中で、もう答えは出ています。

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