荒川光のブログ

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この道路を時速40kmで走る奴なんているのか? 制限速度の方がおかしいんじゃないか?

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普通自動車の第2種免許を、いわゆる一発試験で取ろうとして、路上で自主練習をしていたときの話です(2018年11月から2019年2月頃)。

路上試験で走行するコースの中に、きれいに舗装された、道幅の広い、真っ直ぐな道路があります。田舎の農道のような道路で、道路の両側には何も無く、歩いている人もいません。

その道路の制限速度がなんと時速40kmなのです。

 

 道路標識 制限速度 40Km

 

私が普段プライベートで車を運転している時には、制限速度なんてほとんど気にはしていません。

しかし、だからといって危険な速度で走行しているかというとそうではない。

道路の状態や交通状況や周囲の環境から、安全な速度というのはおのずと定まるものなのです。需要と供給との関係で市場価格が自動的に決まるのと似ているでしょうか。

 

誰もが早く目的地に到着したいと思っています。

しかし住宅街の狭い路地や、人ごみでごった返す繁華街の道路を、仮にその制限速度が80kmだったとしても、そんなスピードで車を走らせる人は一部の狂人を除いていないのです。

徐行しろと指示されていなくても、必要だと判断すれば徐行するし、たとえ一時停止「するな」と書かれた標識があったとしても、危険だと思えば人は一時停止するものなのです。

どんな速度でどんな運転の仕方をすれば安全と速さとを両立させられるのかは、経験を積んだドライバーなら分かるものですし、個人差はあれどその感覚は大体一致するものです。

 

私は今回、ガラガラにすいた、見通しの良い、遥か先まで一直線に伸びた片側1車線の道路を時速40kmで走りました(路上試験では制限速度を超えて走ることは当然できませんので、その練習のため)。

その時に感じた違和感は衝撃的なものでした。

「遅すぎる」というよりも、まるで自分の車が高速道路の路側帯で停車している故障車のように「道路上の危険な異物」と化しているかのようでした。

この道路を時速40Kmで走るような人はいないのです。

 

遥か後方から近づいてきた車はあっという間に私の車の後ろに貼り付きました。

対向車は1台も来ませんが、後続車は私の車を追い越そうとはしません。痺れを切らしながら私の後を付いてきたのです。

「なんでこんなに遅いんだ」とボヤいている様子が手に取るように分かります。 

それはそれは、もう場違いなほどのトロさゆえ、後ろからクラクションを鳴らされても文句は言えません。

と言うのは嘘で、もちろん 文句は言えますし、そもそもクラクションを鳴らされる筋合いなどないのです。なぜならこの道路の制限速度は40kmなのですから。

道路交通法を遵守した正しい運転。本来ならみんながこの速度で走らなければならないのです。

にもかかわらずクラクションを鳴らされやしないかとヒヤヒヤしつつ、また鳴らされてもいたしかたないなどと思ってしまう。

「非常識な程の低速」「通行の妨害」などのワードが浮かんできて、自分を加害者のように感じてしまう。後続車に申し訳ないという気持ちになってしまう。

これは一体何が間違っているのだろう?

私? 後ろの車?

それとも道路標識?

 

速度が遅いほど安全である、あるいは危険度が低い、ということはある程度正しいと思います。

しかし安全が全てなのだとしたら、高速道路の制限速度も時速50kmにすれば良いではないですか?

高速道路上で今までに何人の尊い命が失われてきたことか。

その事故原因の大部分が「速さ」にあることを考えると、低速で走ることが人命尊重につながるのです。

しかし現実には高速道路の制限速度はそうはなっていない。命はもちろん大切ですが、それと同時に速さもまた必要だからです。

 

それを考えると、今回私が走った道路が40km制限というのはいかがなものか?

制限速度は各都道府県の公安委員会が決めているらしいですが、この田舎の県の公安委員会は、農家の83歳のおじいさんが運転する、米袋で積載オーバーした古い軽トラックがゆるい上り坂をノロノロ進んで行く速度を基準にして決めているのでしょう。

 

本当に制限速度を守ることが大事なのであれば、警察も本気を出して、5kmも超過している車は片っ端から捕まえればよいと思います。

 

制限速度40kmの道路を45kmで走っている車の中で小学生の子供からこんな質問をされたら、運転している親はなんと答えるつもりでしょうか?

「制限速度を5kmオーバーしているけどいいの?」と。

ごく当たり前に抱く疑問だと思います。

 

親「いいんだよ、5kmくらいなら。べつに危なくないから」

子「じゃあ10kmなら?」

親「10kmでも、まあいいんじゃないかな」

子「15kmなら?」

親「う〜ん、状況によるかな。ほかの車もみんなそれくらい出していれば、いいんじゃないかな」

こんな返答をするのでしょうか? 恐ろしい。

でも実際のところ、やっていることはそういうことなのです。

 

1万円のナイキのスニーカーは万引しちゃいけないけど、鉛筆1本くらいならいいと子供に教えるのでしょうか?

15歳の誕生日を迎えた子供に「おめでたい日だから今日だけはタバコを吸ってもいいぞ。ただし3本だけだぞ」と言ってライターで火をつけてやるのでしょうか?

いけないことですね、絶対に。

だったら時速5km超過も絶対にいけないことではないでしょうか?

なのに警察は捕まえない。

パトカーの目の前を5km超過で走行している車があるにもかかわらずです。

30km超過なら捕まえるでしょう。でも5kmなら捕まえない。

これをどう理解すれば良いのですか?

5kmくらいなら構わないという解釈に、どうやらたどり着きそうではありませんか。

制限速度は時速40kmである。その一方で時速45kmもまた可なりという事実。

このダブルスタンダード。

 

私たちはこの道路をどんな速度で走るべきなのでしょうか?

時速40Kmを多少超過しても、安全で、なおかつその道路の交通の流れに乗った自然な運転をした方がよいのか、何が何でも時速40Kmを厳守するべきなのか。

 

こんな悩みはいっそ国や自動車メーカーに解決してもらいたいところです。

例えば、GPSで車が走行している道路を特定し、その道路の制限速度以上にはスピードが出ないように、自動的に速度リミッターが作動するシステムを開発し、自動車メーカーに搭載を義務づけるなんていうのはどうでしょうか?

 

日産のGTRなどは筑波サーキットや鈴鹿サーキットなどのサーキット内に車両が入ったことがGPSで確認されると、通常は時速180Kmで作動する速度リミッターが解除されるようになっています。新車時からそうなっているのですよ。

サーキット内は道路交通法で定義される「道路」ではないので、速度に関しては制限がないためです。

どうぞ、時速300Kmでレースしてください。

 

それなら逆に一般道でも、走行中の道路の制限速度に合わせて速度リミッターを働かせることもできるのではないでしょうか。

制限速度40Kmの道路ではどんなにアクセルを踏み込んでも41Kmを出すことができないようにしてもらいたい。

そうすれば「こんなにまっすぐで安全な道路を40Kmで走るなんてどうかしている」なんてイライラすることもなくなるでしょう。

電車に乗っているときに、自分がどんなに急いでいたとしても電車の速度にイライラすることはないのです。決められた速度以上では電車は走らないと分かっているからです。

自動車も絶対にこの道路ではこの速度しか出ないと分かっていればイライラしないのではないでしょうか。

そして緊急車両だけが速度リミッターを外しておけばよいでしょう。

救急車ももっと早く病院へ到着できるだろうし、泥棒が車を盗んで逃走したってパトカーにすぐ追いつかれてしまうのです。

速度超過ができる車なんていうのは違法改造車だけになるでしょう。そして3年もたてば世論は「速度超過は飲酒運転に匹敵する大罪」っていうくらいになるのです。

素晴らしい世の中ですね。

サヨウナラ暴走族。サヨウナラあおり運転 。

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