荒川光のブログ

Hikaru Arakawa's blog

夏の思い出 チラッと見えた小さな打ち上げ花火

夏が終わりましたね。

今気がついたのですが、春夏秋冬という四つの季節において、その季節が「終わる」と表現するのは夏だけなのではないでしょうか?

 

春が終わるとは言いません。

春には「なる」ものですし、秋は「深まる」もの、冬は「始まる」ものですね。

夏が終わると表現するのは、きっと夏の終わりを惜しむ気持ちがあるからでしょう。

 

 

みなさんは夏を満喫されましたでしょうか?

世間では「平成最後の夏」ということで、少し特別扱いを受けた今年の夏でしたが、私はというと海にもプールにも行かず、バーベキューもせず、花火も見に行かず、夏らしいことは何一つせずに仕事と睡眠だけの毎日を過ごしたのでした。

 

そんな残念な私なのですが、やはり夏の終わりというのは夕暮れ時と同じく、切ないような人恋しいような物悲しい気分になるものです。

 

そんなメランコリックな気分に浸りながらこの文章を書いています。

なので多分オチはありません。ただの独白、たわごとの類いになるでしょう。悪しからず。

 

 

その日仕事が終わって、私は車を走らせていました。

どこかへ行くわけではありません。家に帰るのです。

 

すると遠く前方に、ピンク、緑、オレンジの打ち上げ花火が上がりました。

1円玉くらいの小さな花火。

 

それを見た途端、チクッと胸を刺すものがありました。

私は慌ててその痛みを打ち消しました。「いい歳して何が『チクッ』だよ」と。

 

その夜は県内で最大級の花火大会があったのです。

私はこの県にやってきて19年になりますが、まだ一度も見に行ったことがありません。

 

ディズニーランドにも死ぬまでに一度は行ってみたいと思っているのですが、それ以上にこの花火大会に行くのが私の夢なのです。

 

夜空を彩る大輪の花火。

その下では老若男女の歓声。

ドンドンと胸を打つ破裂音。

浴衣の女の子。

屋台のたこ焼き、焼きそば、わたがし。

 

車のフロントガラス越しに私はその幻を見たのです。 まるでパンチラのように一瞬だけ。

 

来年こそは絶対に見に行くぞ! と決意を固めた私は、悔しさに歯ぎしりしながらアクセルを踏み込み、家に逃げ帰ったのでした。

 

今年の夏のしょっぱい思い出話でした。

だから言っといたでしょ、オチはないって。